考える力、動く力

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見下すなかれ

こういう仕事をしていると
子どもやその親、教師希望の学生など
様々な人に出会うことになる。


そんな中で、最近つくづく思うのは、
人を見下してはいけないな、ということである。


私はなにも倫理的な側面からこのような話を
しているわけではなく、
単純に損得勘定で見たときに、損だということである。


つまり、人を見下していると損をする。




どういうことかというと、
ある人に対して、早い時点で
「こいつは自分よりも能力が低いな」とか、
「面白くない人間だな」などと見なしてしまうと、
一時の優越感は得られるかもしれないが、
それ以降はその人の長所に気付くことはできなくなってしまい、
その人からそれ以上何も得られなくなってしまうということである。


思うに、井の中の蛙ほどこのようなちっぽけな優越感を得たがる。
頭の良い人間は、
どんな人でも自分に無いものを持っているということを
知っている。




他者を見下す者とは、
他者の強みを見つけ出す能力のない者である。



という名言をもって、本日は締めくくらせていただきます。



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家庭学習のお供 ボールペン

学校では主として
小学校であればえんぴつ、
中学校以上はシャープペンシルを使うのが
一般的であるかと思うが、
私は家庭学習の時はボールペンを使うようにと奨めるようにしている。


100円均一で、5~10本で100円で売っているような
安いやつでかまわない。
それをたくさん用意しておく。


学習において、書きまくることはとても重要である。


数学の計算、漢字の練習などはもちろんのこと、
英語の文や歴史の暗記事項、
さらには生物の絵や地理の地図まで、
勉強するときは書きまくってみるといい。


ノートがすぐ足りなくなってしまう場合は、
チラシやいらないプリントを大量に用意しておき、
裏面を使うと良い。




ではなぜボールペンなのか。




ひとつに、ボールペンは消せない


数学の問題では特に、
勉強の苦手な生徒ほど、計算過程や間違えた部分を
消しゴムで消してしまいたくなるものであるが、
計算や間違えは消さずに残しておくほうが良い


計算は、答えが合わなかったときに
どこで間違ったのかを探すときに必要であるし、
間違えは、自分の間違い方の傾向を知るための重要な手がかりである。


そもそもペンを消しゴムに持ち替えて
いちいち消している時間がもったいない。
消すことの心配をせずに
書くことだけに集中できるという意味でも良いのである。




次に、ボールペンの字はシャープペンより濃い


勉強において「書く」ことは、
「手を動かして覚える」ということと、
「書いたものを見て覚える」という二つの意味がある。


書いたものを見る際に、字は濃いほうが
視覚的に強力にうったえられるので、
記憶として定着しやすい
のである。
この意味では、たまに色を変えて書くというのも効果的である。




さらに、ボールペンのインクの減り方で
自分の学習量が把握できる
のも良い。


ボールペンのインクがどれだけ減ったかを見れば、
自分がこれまでにどれだけ字を書いたか実感できる。
これは勉強のあとで自分の自信にすることもできるし、
「よし、今日はインクをここまで減らすぞ。」と
目標をたてることもできる。


勉強に使ったチラシやプリントの裏紙をすべて取っておくと
さすがに邪魔くさいと思うので、
古紙回収に出してしまってかまわないが、
インクのなくなったボールペンはぜひとも取っておいてほしい。
使い始めと使い終わりの年月日を記録しておくと尚のこと良い。


自分の学習量を客観的に把握し、
客観的に活を入れたり、
客観的に褒めてあげることはとても大切なことである。




また私は、ボールペンの書き味も気に入っているのだが、
これは人によってシャープペンのほうが良いという人も
いるかもしれない。
また、消せないと不安で仕方ないという人や、
あるいは先生にボールペンを使うなと言われるなんて人も
いるかもしれないので、
万人に有効なボールペンではないだろう。
しかし、一度試してみる価値はあると思うので、
やってみたことがない人は、ぜひ一度取り入れてみてほしい。

応急手当が出来る人、挙手

夏休みだ。


友達同士で海水浴に行ったり、
キャンプに行ったりする子どもも多いのではないだろうか。




さて、ここで質問です。


友達が海で溺れて意識を失ってしまったら・・・


友達がやけどをしたり、大怪我をしてしまったら・・・


あなたは適切に応急処置をすることができますか?


きっと何にも出来ない人って多いと思う。




学校では、こういうことを非常に蔑ろにしている。


私の場合、中学校の保健の授業で
初めて応急手当について習ったと記憶している。
高価な人形を使った、人工呼吸の練習である。


まず意識を確認し、
異物を吐かせ、
気道を確保し、
呼吸がなければ人口呼吸。
脈がなければ心臓マッサージ。
これを救急隊が来るまで繰り返す。



初めて授業でこのようなことを習ったとき
率直に思ったのは、
「今日までにそういう緊急事態に遭遇していたら
 みんなどうするつもりだったんだろう?」
ということである。


しかも、結局中学の三年間で
このような人工呼吸の練習をしたのは、
この日の一回きりであった。


一体この一回きりで、
誰がこの方法をマスターできるであろうか。






こういう風に考える人もいるかもしれない。
「だから子どもだけで危ないところに行っちゃダメなんだよ。」


ところで、
大人のみなさんは大丈夫でしょうか?


わが子が意識を失っているとき、
あなたは適切な処置をして、救い出すことができますか?




私は、こういう生きていく上で必要不可欠なことを教えない
学校教育には問題があると思っているが、
だからといって、学校制度や教師のせいにして
世を憂いていても何も解決しない。


教えてもらえないなら自分で学ぶしかない。


これを機会にぜひとも賢明な人間になっておいてください。







 参考


応急手当の基礎知識 (★スラQ - 九州のジムカーナを楽しむサイト★)


倒れている人をみたら (東京消防庁)


絶口調!応急手当・救命処置Q&A (かじくんの応急手当)

PHSとワンコの文化

携帯電話。


インターネットと共に、
すでに完全に我々の生活の一部となり
「ケータイなしでは生きていけない」という人も珍しくないと思う。


しかし、立ち止まってふと振り返ると、
実のところ、
携帯電話がここまで普及したのは、驚くほど最近である。


私の世代は、ちょうどポケベルブームの後にあたる世代であり、
高校にいる間に、携帯電話が驚くほどの早さで普及した。


しかし、我々は忘れてはならない。
ケータイの普及の前には、PHSの盛行時代があったことを。


当時の我々の通念としては、
「携帯電話なんて高いだけ。」
「Pメールができないなんて意味ない。」
というものであり、
携帯電話が台頭し始めるのは、
auの学生半額キャンペーンからであったと記憶している。


※一応これには断りを加えておくと、
PHSが流行ったのは、北海道、あるいは札幌だけのローカルであったかもしれない。
当時も、本州ではすでに携帯電話が流行っているという噂を耳にしたことはあった。




そんなわけで我々の多くはPHSを、
とりわけ「ハイブリット携帯」と呼ばれる(誰も呼んでいなかったが)
「H゛」(エッジ) を使っていた。




PHSを手にしたばかりの高校生は
初めておもちゃを与えられた赤子のようにはしゃいだ。


ドラマの主題歌の着メロをすごい勢いで欲しがった。


授業中には、手紙をやりとりする代わりに、
Pメールでやりとりするようになった。


不幸の手紙ならぬ、「不幸のメール」のようなものが
別の学校にまでまわっていくこともあった。




それだけでは飽き足らず、高校生達は新たな遊びを発明した。


それが「ワンコ」(ワン切り)であった。


「ワンコ」は、one call の略語であり、
電話のコールを1回だけ鳴らして切ることをいう。


今でこそ、ワン切りといえば
ダイヤルQ2や出会い系サイトなど、
犯罪に伴う悪いイメージしかなくなってしまったが、
当時は学生達のコミュニケーション手段のひとつであった。


ワンコにはいろんな意味が含まれる。
「元気?」「調子どう?」
「今着いたよ。」
「電話ちょうだい!」


それはローカルや、場面によって異なった意味で使い分けられていた。


特になんでもない時に友達からワンコが来た場合、
それはワンコを返してくれという無言の訴えである。
受け取ったものは、ただちにワンコし返さなくてはならない。


思春期の高校生達は、どれだけ早くワンコが返ってくるかを
「その人がどれだけ自分のことを好く思ってくれているか」
のひとつの指標としていた。




長いコールは電話と間違えられて
「もしもし」と電話にでられてしまうこともしばしばあった。
ワンコのつもりが、でられると通話料がかかってしまう。
それゆえ、コールは短いほどcoolだとされた。
男子生徒は、いかに短く、かつ確実にコールできるか、
日々その技術を磨いた。




いまや、ワンコの文化は完全に消滅してしまった。


友達にいきなりワンコなどしようものなら、
きっとその友達はすぐに電話をかけてきて、
「どうしたの?」
と訊ねるだろう。


しかし私は、このような文化があったのだということを
上の世代や下の世代にも知ってもらいたいし、
同世代のものにも忘れてもらいたくない。
また個人的には、いつの日か再興してほしいと願う意を込め
このような記事を書いたしだいである。

親は子に勉強を教わりましょう

子どもが小学生くらいのときは
学校の宿題を見てあげることもできたけど、
中学、高校となってくると・・・。


「微分積分って何だっけ??」
「足利尊氏?何した人だっけ??」


そんな親御さん、多いのではないでしょうか。




大人になって、昔の勉強を忘れてしまうのは仕方ないかもしれません。


しかし、だからといって
「勉強のことは塾や家庭教師に任せっきり」では
寂しくないですか?


それでいて、受験の時だけ
「とにかく頑張れ」なんて言われたって
子どもとしても気分の良いものではありません。




親が子どもに勉強を教えられなくなるのは仕方ありません。


今度は、親が子どもに勉強を教えてもらいましょう


以前の、集団授業にもメリットの中でも述べましたが、
人に教えるというのは、実はとても効率の良い学習法なのです。
人に説明しようとすることで、
自分の理解の浅い部分を発見することができます。
また、勉強したことを声に出して言うことで
記憶の定着が良くなります。


また、子どもにしてみれば、
親に勉強を教えてあげることで
親に対して少し優位に立った気持ちになり、
人に勉強を教えることが楽しく感じられてくることと思います。




注意しなければいけないのは、
「どれどれ、ちょっとお父さんに説明してみろ。」
というような、試すような態度をとるのではなく、
子どもの教科書を見たついでに
「これって難しくてわかんないんだけど、どういう意味?」
というように、
あくまで自分が困っているから教えていただくのだ
という態度を示すことです。


ぜひトライしてみてください。

家庭教師と食卓を囲むのも悪くない

勘違いしている人がいるかもしれないので
一応最初に断っておきますが、
家庭教師に対してご家庭が夕食を出す必要などありません。
実際に、食事を出されないことのほうが多いと思います。


なんだか、「家庭教師の先生には夕食を出さなくては」
というようなイメージが未だに残っているらしく、
どこの派遣会社でも
「家庭教師に対して食事を出す必要はありません!」
と強調しているようです。




しかし、私はあえて言いましょう。


もし夕食を一人分多く作ることが困難でないならば、
ぜひ家庭教師と一緒に夕食を食べてください。


毎回でなくても、月に一度でも良いと思います。
家庭教師と、そしてお子さんを交えて食事をする機会をつくってみてください。


お母さんが家庭教師の先生とゆっくり話をする時間というのは
普段はなかなかとれないものだと思います。


そこで、指導時間の後に一緒に夕食を食べる時間をとることで
お子さんの学習状況について詳しく聞いたり、
これからの課題について話し合ったりしようというわけです。


また、お子さんにとっても、
普段の頑張りを親の前でほめてもらえたりすると
学習意欲の向上にもつながります。




家庭教師をつけるからといって
子の勉強のことを家庭教師にまかせっきりにするのではなく、
親と子、そして先生が一丸となって頑張っていこうとすることが
大切だと思います。


受験と戦うお母さん

子どもが勉強にやる気を見せないということで
焦りやいらだちを覚えている受験生のお母さん、
非常に多いのではないでしょうか。


「受験するのはあんたなんだよ!」


実はこれ、子どもも思っていることかもしれません。
「受験するのはおれなんだよ!」と。


お母さんが子どもの受験に無関心ではいけませんが、
子のために何かしてあげようと頑張りすぎるのも
よくないのではと個人的には思います。
それは「お母さんはあなたのためにこんなに頑張ってるのに
どうしてそれにこたえてくれないの!?
」という
押し付けといらだちにつながるからです。


受験を控えた子どもにとってありがたいのは、
親の「プレッシャー」ではなくて「バックアップ」です。
「何も心配しなくていいから、思いっきりやりなさい。」
という安心感を与えてあげることが大切なのです。




そんなこといったって、ほっといたら子どもは勉強しないんだもん。
そう思われる方も多いと思います。


子どもがなかなか勉強に身を入れようとしないのは、
子どもの頃の生活には楽しいことが多すぎて、
将来のことまで真剣に考える機会がなかなかない為だと思います。
(もちろん、真剣に考えた上で勉強する必要がないと判断している
 場合もあると思いますが、それはまた別の話。)


このときに親がしてあげるべきことは、
自分が受験生だった頃の失敗談を話し、
「だからおまえには同じ失敗をしてほしくないんだ。」と言うことや、
「良い学校に入れなかったら、良い会社に入れないんだよ。」
と言って勉強の必要性を懸命に説くことではないのです


親と子どもでは生きている時代が違いますし、
子どもの人生は親の人生と一緒ではありません。
正解は、子どもの中にあります。


親がすべきは、まず、子どもの考えを聞くこと。
子が将来何になりたいのか、また、そうなることでどんな生活を送りたいのか。
子が話すのをただほうほうと聞いているだけではなく、
子がひょっとしたら自分では気付いていないかもしれない
本当の気持ちを引き出してください。
はっきりいって難しいです!!
だからこそ、子の話を聞く機会をたくさん設けることが絶対に重要なのです。


子の考えを聞き出したら、次はそれを尊重し、共感してあげることです。
決して頭ごなしに否定してはいけません。
頭ごなしに肯定してもいけません。
「子どもの考えを尊重する」ということは、
その考えが正しいとか間違っているとかいうことではなく、
子どもがそのように考えるのだということを
大切にする
ということです。


そして、次に、子どもの中にある正解を導いてください。
「じゃあ、そういう人生のために、今頑張れることは何だろう?」
この段階でこそ、親の知識や経験が必要とされるのです。


こうして子どもが、勉強をすることの重要性に気付くことができれば、
親はそのバックアップをしてあげるだけで良いのです。


ただし、子のモチベーションは、普通すぐになくなります
前述の通り、子の周りには楽しいことがいっぱいだからです。
なので、子と話し合う機会は継続的に設ける必要があります。
「子の話を聞く機会」といったほうが、
いや、「子に話をさせる機会」といったほうが、
いやいや、「子に考えさせる機会」といったほうがいいかもしれません。




ここまでで明らかなように、
大前提として必要なのは、親と子のコミュニケーションです。
子が苦しい時に、親の支えがあるとないとでは大違いです。
子が苦しい時には一緒に苦しんであげ、
子がうれしい時には一緒に喜んであげましょう。


結局、受験するのは子どもですが
自分ひとりで合格するのではないということに
お子さんも気がつくはずです。






 参考


受験するのは母じゃないのよ! (DaDo)



改めて10代の美しい部分にふれた

昨日、母校の高校の学校祭に行ってきた。




この高校には、つい先月、二週間の教育実習に来ていた。


教育実習は実に未練の残る内容であった。
二週間というのは本当にあっという間で、
クラスの生徒と心を通わすことができたという
確固とした実感を持つこともできないまま終わってしまったというのが
正直なところであった。
結局自分はクラスから好かれていたのか嫌われていたのか、
それすらいまいちわからなかった。




昨日の学校祭で、一人の男子生徒が声をかけてきてくれた。
実習で担当していたクラスの生徒であり、
深く話をする機会をもてないまま終わってしまった生徒の一人であった。
良くいえば落ち着いた、悪くいえば少し冷めた印象を受けた生徒だった。




その生徒が、私に向かってポロっとこう言った。


「学祭で、ちょっとクラス・・・良くなった。」
そして両手の指を組み合わせて、がちっとした団結を表した。




不覚にも、泣きそうになった。



集団授業にもメリット

日本の学校教育について、
大人数での一斉授業の問題点が指摘され、
近年は個別指導形態がもてはやされているように感じるが、
集団授業には集団授業の良さがあると思う。


それは、生徒間の相互作用が期待できるということだ。


生徒同士で教え合うことは、
教えられる側にとっても、教える側にとってもメリットのあることである。


授業でよく理解できないとき、自分の隣の席の友達に教えてもらうと、
時として教師の教えよりも理解しやすいことがある。
自分の隣の生徒は、自分と同じ学ぶ側の立場であるため、
教師の説明のどこが理解しづらいかをよく分かっていることが多いからである。


また、教える側のメリットは、
人に教えることで自分の理解が深まるということである。
教師の説明を聞いて理解できた気になっていても、
人に説明しようとするとうまく説明できないことがよくある。
これは、実は細かい部分までは理解できていない証拠だ。
人に教えようとすることで、自分が理解できていない部分が明らかになる
また、一度習ったことを声に出して言うことで、
学習記憶はより定着するようになる


一方、集団授業のデメリットとしては、
やはり個々に応じた指導が難しいということが挙げられる。


結局のところ、集団授業には集団授業の良さがあり、悪さもある。
個別指導には個別指導の良さがあり、悪さもある。
現行の制度を批判するのはたやすいが、
今の教育に求められるのは、
今の制度を生かすための方法を模索していくことではないだろうか。







 参考


家庭教師というものはどうだろう?(My love letters)


仲良くなるだけなら友達で良い

昨日の家庭教師の会社を見分けるコツという話の中で、
良い先生かどうかは「子どもの主観的な満足度だけでは判断できない」
という言い方をしました。


これはどういうことかというと、
生徒を喜ばせるだけでは良い先生とはいえないということです。


家庭教師は勉強を教えるのが仕事なのですから
考えてみれば当たり前のことなのですが、
これを勘違いしている人が、親にも教師にも意外と多い気がします。


当然のことですが、
もちろん勉強だけ教えていれば良いというわけでもありません。
場合によってはそれで済むこともあるかもしれませんが、
学校の勉強だけに限らず、人間的に深いサポートができるのも
塾などにはない家庭教師の良さだと思います。


しかし、教師に求められる仕事は、
子どもの喜ぶことをしてあげることではなく、
子どものためになることをしてあげることだと私は考えます。
そのためには、時に生徒に嫌がられることも必要かもしれませんし、
時に生徒を叱ることも必要かもしれません。




最近は子を叱らない親が増えているというような話を耳にすることもありますが、
実際、生徒に嫌われることがこわくて
生徒を叱ることができない教師ってけっこう多い気がします。


しかし実際は、生徒のためを思ってしたことによって
教師が生徒に嫌われるということはあまりないと思います。


宿題を全然やってこない生徒を叱りつけたり、
生徒の嫌がる課題をたくさんやらせたりした場合に、
その場では生徒から反感をかうこともありますが、
長期的には、生徒はちゃんと理解してくれるものです。
「この先生は自分のためを思ってやってくれているのだ」と。





せっかく高いお金をかけて雇う家庭教師なのですから、
単に子どもの良いお兄さん、お姉さんというレベルではなく、
良き指導者としてのレベルまで、家庭教師に求めるべきだと思います。

家庭教師の会社を見分けるコツ

「子どもに家庭教師をつけているものの、
本当に子どものためになっているのか、実はよくわからない・・・。」


こんな悩みを抱えている方、
実は意外と多いんじゃないでしょうか?


今ついている家庭教師は子どもの勉強の助けになっているのか、
子どもの主観的な満足度だけでは判断できないのが難しいところです。




今回はひとつの目安として、
家庭教師を派遣している会社がどの程度まともな会社であるかを
ある程度見定める方法をこっそり教えてしまいましょう。


それは、今来ている先生にこのように聞いてみることです。


「今の会社に採用される際にどんな試験を受けましたか?」
「会社から教育を受ける機会はどのくらいありますか?」


その後、同じ質問を派遣会社のほうにしてみてください。
内容が食い違っているようだったら要注意です。


というのも、
「うちの会社では、厳しい採用試験を突破した者しか
 教師として採用していません。」
「教師には会社で徹底した教育を行っています。」
などと言いながら、
実態がともなっていない会社がけっこうあるんです。


もちろん、いいかげんな会社から派遣されているからといって、
教師自体もいいかげんだとは限りません。


ですが、教師が会社によって適切に管理されていないということは、
いいかげんな教師が派遣されてくる可能性もあるということは
覚えておいたほうが良いと思います。


安くないお金をかけて雇う家庭教師なのだから、
確実に良い先生をつけてもらえるところにお願いしたいですね。




ザ・クロマニヨンズ

ザ・クロマニヨンズのことが気になって
夜も眠れない日々でございます。


別に教育とか関係ないんだけど・・・。


何のことか分からない人は、ちょっと検索してみてください。
最近ネットで様々な噂が飛び交っている謎のバンドであります。




これで実は噂とは全然関係ない人達だったら、実に面白いと思う。


何が面白いって、ひとつは、
これだけインターネットが普及して、情報が溢れかえっていて、
分からないことは何もないと思ってしまいそうな世の中にあるけれども、
嘘の情報におどらされてしまう危険性が常にあるということを
改めて実感させられるということ。


もうひとつは、
これだけ噂を急速に広める原動力となったものは
一体何だったのかということ。


市民・大衆レベルでの情報の移動を
「噂」だとか「世論」だとか「口コミ」だとか言ったりするけども、
これらの情報は、しばしば、公の情報(マスコミや専門家によるもの)よりも
信頼できるものと見なされがちだったりする。


例えば、「この映画が面白い!」と雑誌で紹介されるよりも、
「あの映画良かったよ」と知人から紹介されるほうが
見てみたくなる気がしないだろうか。


インターネットの普及により、
この「噂」が、世界レベルで行われるようになった。
「あの映画良かったよ」と、北海道の個人が沖縄の個人に紹介することも
日常茶飯事となった。


見方を変えれば、
これは、「個人」でなくても「噂」ができるかもしれないということだ。


インターネットの匿名性を考えれば当然のことで、
「『七人の侍』面白かったよ!」と、黒澤明が言っているかもしれないし、
「おれは絶対ブッシュを支持するよ!」とブッシュ大統領が言っているかもしれない。


とはいえもちろん、口で言うほど簡単なことではない。
これだけ情報が溢れているネットの世界で、
ある特定の情報を意図的に広く浸透させようとすることは極めて難しい。


今回の場合、興味深いのは、
もし、
もし万が一、
ザ・クロマニヨンズが、今回の噂を意図的に広めたのだとしたら、
ザ・クロマニヨンズは、この「噂」の普及に大成功したということだ、ということである。


8/19、RISING SUN ROCK FESTIVAL、
ザ・クロマニヨンズのステージには客がどっと押し寄せることになると思うが、
これはすべて計算によるもので、
ぼくらはしょせんクロマニヨンズの手の中で
おどらされているに過ぎないのだろうか・・・。




そういやザ・クロマニヨンズについてに続く


ようやく動き出しました

いよいよ本格的に動き出しました。


家庭教師派遣業界の体たらくを知り、
家庭教師の本来あるべき姿の実現に向けて動き出してから
様々な困難もありましたが、
ようやく機能し始めました。


これからどうなっていくか、楽しみで仕方がない感じだ。


しかしこのページでは、
事業の宣伝よりも、主に家庭教師や教育に関して
考えるところを世に述べていくことをメインにする予定。


今は必要以上に事業を拡大する気もないしね。


量より質。
仕事の数を増やすよりも、
今ある仕事の中で、
派遣先の家庭の満足、家庭の喜び、生徒の満足、生徒の喜び、
そして自分たちの満足と喜びを増やしていくことが大事。
これを決して見失わないようにしたい。


稼ぎを気にしなくて良いのも、きっと今のうちなので・・・。

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考動力研究会って何?

家庭教師の考動力研究会は、
大学生によって組織、運営されている教育研究集団です。
日々、「良い指導」「良い教育」「良い学習」を追究し、
実践として、札幌を中心に家庭教師の派遣事業を行っております。


雰囲気はサークルのようにアットホームな感じですが、
教育について真剣に考え、向上心溢れるメンバーばかりで、
日々少しでも成長しようと各々努力しています。








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考動力研究会の特徴

●講師間のネットワーク


   考動力研究会の一番の強みは何かと聞かれたら、
   それは「講師間のネットワーク」を持っていることに他なりません。


   当会では、家庭教師同士が集まり、
   「こうやったら生徒の成績が上がった。」
   「学習の動機付けにこのような方法が使える。」
   「この問題をうまく説明できなかったんだけど・・・」
   というようなことを
   ざっくばらんに相談し合える場を頻繁に設けております。


   ご家庭に伺う教師は一人ですが、
   その指導には、何人もの家庭教師の知恵と経験が詰まっているのです。


   このような講師同士のミーティングの場を設けているところは
   他の家庭教師派遣会社にはほとんどありません。


   なぜでしょうか。


   答えは簡単です。
   人数が多すぎるのです。


   当方のように小規模なところでなければ、
   教師全員に主体性を求めることなどはとても不可能であり、
   形だけのミーティングしか行っていないところがほとんどです。




●厳選された少数精鋭の講師陣


   当会では、講師の採用時に面接試験を課しています。
   これは、家庭教師に必要な要素として、
   人間性を重要視しているためです。
   面接では、生徒一人の将来を担うだけの責任感があるか、
   常により良い指導を追求しようとする向上心があるか
   といったことに重点を置き、
   慎重に採用を判断しています。


   当会の講師陣は、間違いなく他よりも厳選されているといえます。


   これも理由は簡単です。
   当方は規模が小さいため、講師の採用数も少なくて良いのです。
   少人数で良いため、選ぶことができます。
  
   大規模な会社では、契約数を増やすため、
   大量に講師を採用する必要があります。   
   特に賃金の安いところだと、慢性的に教師不足になる傾向があるため、
   ますます教師の質まで考慮することは難しくなります。
   形だけの採用試験を行っているところも少なくありません。




   規模の大きい会社で
   教師の質、指導の質を保つことがいかに難しいか、
   おわかりいただけるでしょうか。










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各種サービス

考動力研究会では、現在、以下のようなサービスを実施しております。


●学習カウンセリング


   当方の「学習デザイナー」がご家庭にお伺いし、
   お子さんの学習状況を拝見します。
   日頃の家庭学習方法やノートの取り方等について
   詳細にアドバイスさせていただきます。
   所要時間は約2時間です。
   本サービスは一切無料です。
   お気軽にお申し込みください。
    (※1家庭につき1回までの利用とさせていただきます)


●一ヶ月間の体験期間


   当会では只今、一ヶ月間のお試し期間を設けております。
   当方の指導方針に納得された上で契約していただくための制度です。
   指導開始から一ヶ月以内に退会される場合には
   その間の授業料をいただきません。
   (教師の交通費のみ負担していただきます)


●お月謝減額サービス


   「良き授業」は、教師とご家庭の協力の元で作り上げられるものです。
   そのため当会では、長くお付き合いさせていただいている方には
   それだけ助力いただいていると考えております。
   その感謝の意を込め、当会では只今、
   長く指導させていただいているご家庭の月謝を減額するシステムを
   とっております。


   具体的には、
   指導開始から半年が経過すると、授業料が5%下がります。
   指導開始から一年が経過すると、授業料が10%下がります。
   指導開始から二年が経過すると、
   授業料がなんと、20%下がります


                      お問い合わせはこちら










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料金システム

入会金、管理費、年会費等、
不明瞭なお金は一切頂きません。
頂くのは月々の授業料と、教師の交通費(実費)のみです。
ご安心ください。

授業料一例) 週1回、60分の場合(月額)

  ●高校3年生      ・・・13,200円
  ●中3/高1,2年生  ・・・12,000円
  ●中1,2/中学受験生・・・10,800円
  ●小学生        ・・・ 9,600円
    (※上記料金は変更になる場合があります)


考動力研究会では、
ご家庭の生活やお子さんの学習状況に合わせて
柔軟にカリキュラムを組むことが可能です。

詳しくは下記まで、お気軽にお問い合わせください。

            お問い合わせはこちら









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お問い合わせ

お問い合わせはこちらまで。

家庭教師の申し込みから学習に関する相談まで、
お気軽にお問い合わせください。



お申し込みの際は、
学校名、学年、志望校、得意・不得意科目、学習上の悩み等を
お聞きしますので、ご準備の上お問い合わせいただくとスムーズです。







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このブログについて

このブログは、家庭教師の考動力研究会
代表の赤坂が運営しております。
(「副代表のコーナー」は
 副代表の岡本によって書かれています。)


基本的には思いつくままに
だらだらと文章を書き連ねていきますが、
何らかの形で、
子どもの教育に悩むお父様、お母様がたや、
勉強や人生に行き詰っている小中高生達、
また現在家庭教師をしている先生達の
お役に立てたら良いなという思いを胸に
日々是修練であります。










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