考える力、動く力

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計算ミスの無くしかた 2

 前回は計算ミスの中でも暗算にたよりすぎるために起こる計算ミスの無くしかたについてお話しました。


 今日は、起こった計算ミスをいかに発見するかという「見直しによる計算ミスの無くし方」のお話をしたいと思います。


 見直し、というのもよく学校の先生や塾の先生から「見直しなさい!」「すばやく解いてひととおり見直しをするんだ!」と口うるさく言われた記憶のある方も多いと思います。ですが、この見直し、なかなかくせ者なのです。


 塾や家庭教師で生徒さんに見直し方法を聞くと次のような答えが返ってくることが多いものです。「まず一度全部といて、それで、初めからもう一度やり直します」「一問といたら見直します」なるほど、一見悪くないように見えます。


 ですが、その生徒さんの答案、計算ミスが多いんですね。「本当に見直ししたのか!!」と思いたくなりますが、これはその生徒さんが悪いわけではありません。見直し方法を変えるだけで変化が起きます。


 そういった生徒さんには次のようにアドバイスします。まず、人間というものはそんなに考え方が柔軟に変わる生き物ではありません(天才は除きましょう)。

 ですから、ほんのついさっき自分が解いた計算問題をもう一度同じやり方でやり直したって同じミスを繰り返すことが多くなってしまうのですよ。

 だから、もし見直すなら違った方法で計算して見直すことが必要ですよ。


 どういうことでしょう?例えば次のような計算を見直すときです。


 3×2×5÷2÷3×4×3÷2


Aさんは次のように計算しました。


「まず3×2×5で30と書いて、÷2÷3だから6ね、×4で24、×3で72、÷2で36」


 さぁ、正しいでしょうか?見直すときはどうしましょう?違った方法でやってみましょう。


「順番を変えてやってみよう。3÷3で1ができるわね(3と÷3に斜線)、2÷2でも1(2と÷2に斜線)、残ったのは、5×4×3÷2で、30!あれ違う…」


 ここで、先ほどの計算を見直して見ましょう。Aさんがやった計算で少し雑なところがありますね、÷2÷3を一度にやってしまっています。ここに落とし穴はないでしょうか?


「あ!÷2と÷3を一度にやるなら÷6にならないと!÷5にしちゃってる!」


このように、見直す時に違った方法でやることで、効率よく見直しができます。


次回は、視点の注意の移動による見直しのしかたをお話します。

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計算ミスの無くしかた 1

 生徒さんが数学で点数を落とす原因としてもっとも多いのは計算ミスを含むうっかりミスではないでしょうか。


 さて計算ミスを無くすにはどうすればよいでしょう?多くの塾講師が言うのは「もっと集中しろ」「計算ミスに気をつけろ」ということですが、生徒達だって間違いたくて間違っているわけではないでしょうし、もっと集中、気をつけろ、ではどうすればよいのかわかりませんよね

(^-^;


 私はそういう時、生徒に「マジックナンバー7」のお話をします。


 「マジックナンバー7」とはなんでしょう?これは、人間の短期記憶(短い間だけの記憶です。例えば、知り合いの電話番号を聞いてしばらくは覚えていますよね、でも繰り返したり書き残したりしないとすぐに忘れてしまう。その間の記憶だと思ってください)の容量には限界があって、7±2(つまり5~9)個の情報しかとどめて置けないというものです。


 これは、次のような実験で証明されました。


実験者「これから私が読み上げる数字を紙に書いてください」
 

 「ただし、私が読み上げるのをやめ、
 『はい、書いてください』と言うまで書かないでください」
 

 「1,7,3,6,」


 「はい、書いてください」


 「5,2,7,3,9」


 「はい、書いてください」
      ・
      ・
      ・


 という具合に数字を増やしていくのです。どれだけ覚えられるかな?というわけですね。大体12個ぐらいまでおこないます。


 あとで答え合わせをすると、多くの人が7個の数字ぐらいまでなら正確におぼえているのですが、その後からはあやしくなっていきます。


 このことから、人間の短期記憶には大体7つぐらいしか情報が入らないらしい、ということがわかったのです。


 さて、これが計算ミスにどういう関係があるのでしょうか?


 それは、頭の中で多くやりすぎるな、ということです。計算ミスの多い生徒さんの特徴は難しい計算を頭の中でやってしまうことです。そういった生徒さんのノートを見てみましょう。


 7×5+4-6×10÷4+2
=29


 こんな具合なのです。複雑な計算を一発で頭の中でやってしまうのですね。


 この計算を正確に行うにはたくさんの段階を必要とします。まず「7×5」そして「2×10÷4」その結果で足し算や引き算をしなくてはなりません。


 「まず、掛け算割算から先にやるから、7×5は35で、35+4…あ、掛け算割算からなんだった、6×10は60と、で35+4で39だろ、あ、最後のところに4+2ってあるから6だな、6×10で60になってて、それを6で割って10か、で、35+4-10で29!」こんな感じで間違えたようです。


 短期記憶として残さなければならないものが多すぎて間違ってしまうのです。


 二行付け足して次のようにすれば格段にわかりやすくなります。


 7×5+4-6×10÷4+2
=35+4-60÷4+2
=39-15+2
=26


となるはずなのです。ちなみに上の生徒さんは、最後の足し算を先にやってしまったから間違ってしまったのですね。


 彼は始めに「掛け算割算から先にやる…」と言っているのにも関わらず、すっかり頭から抜けて足し算を先にやってしまっているのです。


 私は生徒さんの回答を見たときに、正解か不正解かは言わずに「もう一回計算をしてみてくれるかい?ただし、今回は少なくとも4行はかけて計算をしてみて。」と言ってやりなおしてもらいました。すると生徒さんは正解したのです。自分の間違いもわかったようでした。


 短期記憶に負担をかけすぎるとミスをしてしまうのですね、負担を軽くしてあげるために、計算結果を少しずつ途中式として書いていくと良いのです。


 暗算ができるのは良いことですが、あまりに過信しすぎて短期記憶に情報を詰め込みすぎると間違ってしまいます。


 それに頭に無茶をさせているので疲れもします。


 途中式がないと、あっているのか間違っているのか、見直しをしても間違いに気づきにくくなります。


 このことを自覚した生徒さんは計算ミスがかなり少なくなります。 数学担当の先生方や生徒さんおためしください(^_^)

フィードバックの大切さ

 生徒さんの教育を考える上で欠かせないのがフィードバックという概念です。

 フィードバックとはなんでしょう?それは、何か行動を起こした時にそれに対して返す反応や評価のことです。例えば、犬が上手くお手できた時(行動)にほめてあげる(反応や評価)ようなものです。

 良いことをしたら良い、悪いことをしたら悪いと反応、評価するわけですね。良いことをした時に褒めてあげることを『正のフィードバック』、悪いことをした時にしかることを『負のフィードバック』といいます。


 時と場合によるのはもちろんですが、経験的にはフィードバックをきっちり返してあげないと良い方向に進まないことが多いものです。


 例えば、私がまだ家庭教師や塾講師のアルバイトを始めたてのころのお話ですが、こんな生徒さんがいらっしゃいました。成績が非常に悪く、宿題はやってこない生徒さんです。


悪がきタイプかといえばそうではなく非常におとなしい子で、いつも「宿題やってきた?」と訪ねると「忘れました」とぼそぼそ答える感じでした。


 私は優しく接しなくては生徒さんを傷つけてしまうと考え、宿題を忘れても叱ったりせずに授業をしていました。これで成績が上がらないのはもちろんのことですが、おかしなことに生徒さんもだんだん心を閉ざし始めたのです。


 驚きました。こちらは「傷つけてはならない」と思って優しく接していたのに、生徒さんは離れていく。


 ここで私は開き直りました。


「君は勉強わかるようになりたいと思って家庭教師をやってるんだよね?そしたら、授業で習ったことをしっかり復習するために宿題もやらなきゃね、先生は宿題も含めて授業だと思って出してるから、やってもらえないとすごく時間がかかってしまって先にすすまないよ。テスト範囲終わらないよ?」


「宿題なんてやって当たり前だろう、先生と君の約束だろう?できないなら出来ないで先生が宿題を出す時に出来ないといってください。」


 きっと生徒さんは面食らったと思います、正直自分では「もうやめさせられるな、きっと」と思っていましたが、次の週から彼は劇的な変化を見せたのです。


 宿題はきちんとやってくるようになりました、「きっちり宿題をやってくれて、授業がいい感じに進むな~、この調子でがんばっていこな!」とコメントしていると、態度はだんだん良くなりました。


現在学校で習っているところやテスト範囲を自分から言ってくれるようになり、わからないところを自分で質問してくれるようになり、宿題以上の問題をやってくれるようになりました。成績も上がり始めました。


 かなり極端な例ではありますが、実際にあったお話です。


 これにはフィードバックがかなり関連しています。私ははじめ相手を傷つけてはならないという思いから何もフィードバックを返せずにいました。


 やったことに対して良いとも悪いとも言われないとどうして良いかわからなくなるのは当然ですね。特に家庭教師と生徒というように、成績を上げたり勉強習慣をつけたりという目的のはっきりした人間関係の場合はそうです。スポーツ選手とコーチでもそうでしょう。


 それに、自分のことを本当に考えてくれているのか?という疑念がわくと思います。生徒さんも宿題をやらないのがいい行動だと思っているわけはありません。なのに、この先生は怒らない、僕のことなんてどうでもいいんだ。そのようにとったのかもしれません


 私は生徒さんに宿題をやらないのは悪いことである、ということをその理由も含めて呈示しました(ただし冷静にです、怒って怖がらせても関係は悪化しただけでしょう)。これは『負のフィードバック』です。生徒さんの行動は劇的に変わりました。もしかしたら、「この先生は怖いぞ」と思って次からやってくるようになっただけかもしれませんが、そのような思いではないことはこの後の生徒さんの行動を見ていればわかります。


 その後、生徒さんが宿題をやってきたり、良い質問をしたり、自主的に勉強したりするたびに『正のフィードバック』を返しました(これもただべたぼめすればいいわけではありませんが)。すると、ますますやる気になり、そういった行動をよくとってくれるようになり、成績も上がり、性格も明るくなっていきました。


 生徒さんは誰も自分の勉強方法を良いとも悪いとも言ってくれず行き詰っていたのでしょうね。以降もこういった生徒さんを何人かみかけました。


 フィードバックの大切さわかっていただけましたでしょうか?これはきっと家庭教師と生徒という関係だけではなく、親と子、先輩と後輩、恋人同士、友人関係、上司と部下様々なところに生かせるものだと思いますのでご自分の経験にあてはめて考えていただけると良いと思います。

グーグルが「ググる」っていっちゃダメだって

CNET Japanより引用。


 >Googleが、「google someone(だれかについてググる)」といった
 >一般動詞としての同社名の使用を厳重に取り締まる意向を明らかにした。


 >Googleによると、このような言いまわしは、
 >同社のブランドを傷つける恐れがあるという。


 >同社の関係者は、「『Google』という言葉を使って
 >Googleを使ったインターネット検索を表すことと、
 >『google』という言葉を使って
 >インターネットの一般的な検索処理を表すこととは
 >明確に区別することが重要だと思う。
 >商標に関する深刻な問題が絡んでいる」と述べている。




日本でも「そんなのググればわかるだろ」と使うように
海外でも「Google someone.」なんて言い方をしてたんですね。


そして米google社が、
「うちの社名をそんな風に使うな」と怒っているわけだ。




信じられないですね。本当に。




第一に、世間で使われる言葉を規制することなんて不可能。
そもそもそんな権利なんてグーグルにはない。
まあせいぜい公のメディアに対して禁止するくらいか。




というか、「ググる」という使い方を良く思わないというのが信じられない。


誰かが「ググれ」と口にするだけで、
「グーグルという検索サービスサイトがあり、
そこで検索すれば必要な情報を手に入れることができる」ということを
自動的に宣伝してもらえるというのに・・・。




自社の名前が一般動詞になるなんて、なかなか無いことだ。
どうして光栄なことだと思わないのだろう。


例えば、当考動力研究会が、主婦の方々の井戸端会議で、


「あら、そんなに困ってるなら、
 コドれば(家庭教師をつければ)良いんじゃないの?」


なんて言っていただけたら最高だ。


Google社だって、立ち上げ当初であれば
間違いなくそう考えたはず。
初心忘れるべからずである。




 参考

グーグル、「ググる」の使用に難色 (CNET Japan) 

最近の本のネーミングセンスと私のネーミングセンス

最近の本、特に新書に、面白いタイトルの本が多い。


『千円札は拾うな。』
『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』
『あんぱんはなぜ売れ続けるのか』
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』


よく本屋に行く人であれば
どれも見た覚えがあるのではないだろうか。


確かにこのような名前の本は、ちょっと気になって読んでみたくなるし、
実際、身近な題材を例として説明されているので
とてもわかりやすい。


そして皆そのように感じるからこそ、
こういったタイトルの本が売れやすいのである。
つまり、身近なテーマから入れるため興味をもちやすく、
また、理解もしやすいのである。




何か新しいことを学習するときには、
この方法は極めて有効である。
子どもに勉強を教える際にも、このことを意識する必要がある。


つまり、新しいことを学ぶ際は、身近で興味を持ちやすい題材から入り、
そのひとつの事例を全体へ適用してやるわけだ。


経験則から言えば、このような工夫は、学生に得意な者が多い。
友達で家庭教師をやっていた者でも、
数学の文章題を生徒の興味のある内容で作ったり、
複雑な英語の表現を、
日常の一場面に即して覚えられるようにしていた者がいた。


そして考動力研究会では、この作業を全員で行っている。




しかし、今回はこういうことを主として述べたかったわけではなく、
実は、ちょっとした提案をしたかった。


それは何かというと、
会社名もこういった本みたいな名前にすると良いのではないか
ということである。
というか、実際に今後そういった名前の企業が出てくるのではないかと
密かに予想している。


つまり、身近な題材を用いた、興味をそそるような名前である。




例えば、
外食系の会社であれば、






        株式会社 なぜ一日3食なのか




とか、


教材を作るような会社は、






        株式会社 男子は肖像画にヒゲをかく




というのはどうだろうか・・・。






 参考


安田佳生 千円札は拾うな。 サンマーク出版
黒川伊保子 怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか 新潮社
井上昭正 あんぱんはなぜ売れ続けるのか 清流出版
山田真哉 さおだけ屋はなぜ潰れないのか?身近な疑問からはじめる会計学 光文社

オートロックに盲点 at札幌の中央区

札幌市中央区のマンションの出入り口付近で
女性を狙った強盗や強制わいせつ事件が相次いでいるらしい。




7月以降に5件、
うち3件は不審者がオートロックの盲点をついて侵入した。


盲点といっても、
オートロックなんてあってないようなものだということは
周知の事実だと思うが。


以下、毎日新聞より引用。・


>南9西13のマンション1階で8月6日にあった強制わいせつ事件。
>住民の女性(31)がオートロックを開け、ドアを通過した際、
>後を追って男が侵入。女性の背後から襲いかかった。
>4日に南3東3のマンションで起きた強盗事件も、
>男が同様の手口で侵入し、
>女性(21)から現金4000円入りのバッグを奪った。


>(中略)ほかに南4東3のマンションで
>7月22日に起きた強盗、強制わいせつ事件では、
>住民を装って外から男がガラスをたたき、
>中にいた住民の女性(24)にドアを開けさせて侵入する手口もあった。




この手の事件がふえてくると、またひとつの議論が浮かび上がる。


オートロックのシステムを強化して、
不審者が絶対に侵入できないような防壁とするか。
逆にむしろオープンにして、
地域住民の目をもってして犯罪を予防するか。


最近では小学校で起きた凶悪事件の例が記憶に新しい。




今回の場合、道警と道防犯団体連合会などは
「防犯モデルマンション認証制度」というのを創設しており、
現在までにこれらのマンションで女性が被害に遭う事件は起きていないらしい。
さてこれが吉と出るか凶と出るか。




ともかく、同様の手口にくれぐれも注意されたし。




 参考


強制わいせつ・強盗:札幌で多発 オートロックに盲点 /北海道 (livedoor ニュース)

小・高連携

8日の北海道新聞の朝刊より引用。


 >札幌市東区の市立丘珠高校と同丘珠小学校が
 >本年度から、「小・高連携」事業を進めている。
 >これまでに小学生が高校の授業に参加し、
 >高校生が小学校で出前授業を行う試みをそれぞれ行った。
 >高校側は、児童に教えることで生徒の学習意欲が
 >高まることを期待。
 >一方の小学校側は、近い将来、
 >高校生になる自分のイメージを
 >児童に持たせることを狙っている。




この学校だけでなく、最近、少しずつではあるが、
このような連携体制を取り入れる学校が増えてきている。


しかし、まだ足りない。


もっともっと小・中・高間の壁をなくしていくべきだと思う。




このような異なる年齢層間での交流は、双方にとって有益となる。
ポイントはこの記事の中で述べられてしまっているので、
再び引用させていただこう。


 >丘珠高の青木保繁進路指導部長は
 >「単純な『学ぶ』から一歩抜け出し、
 >『教える』という段階まで踏み込むことで、
 >学びが深くなる」と力を込める。

   
  (中略) 


 >「小・高連携」のもう一つの大きな狙いは、
 >小学生に高校生活を身近に見せることである。
 >(中略)丘珠小の北岡隆行教務主任は
 >「高校の雰囲気に慣れ、自分たちの数年後の姿を思い描くことが、
 >将来の進路を考える上できっと役立つはず」と話す。


「『教える』という段階まで踏むこむことで、学びが深くなる」
ということに関しては、
このサイトでも以前の記事の中でふれているので、
参考にしてほしい。
 (集団授業にもメリット) 
 (親は子に勉強を教わりましょう




また小学生にとって高校生活を身近に感じられることは
極めて有益であると思うが、
同様のことは高校生にとってもいえる。


中学や高校時代というのは
どうしても閉ざされた空間での生活になりがちで、
異なる年齢層との交流を持てる機会は少ない。


もちろん、その気になればアルバイトやボランティアなど、
そういう機会を自分で作ることはできるだろうが、
中学生や高校生は、
興味や関心を同じくする同級生集団から抜け出し、
他集団の中に入っていくことをしたがらない、
また、非常にそれが苦手である者が多いように感じる。 
中学や高校では、気の合う友達と居る時間が
一番楽しい時間であるだろうから、
当然といえば当然のことである。


このような小・高連携は
高校生が、普段とは違った年齢層に接する機会になるという意味でも
非常に有益である。




 参考


学園ひろば 学習意欲 向上狙う (北海道新聞)

家庭教師派遣の新しい形

考動力研究会副代表の岡本です。


考動力研究会を赤坂と立ち上げるにあたり
私なりに考動力研究会に期待しているところを書かせていただこうかと思います。


まず私の経歴からですが、
大学入学一年の夏から家庭教師のアルバイトをはじめ、
その後家庭教師を続けながら個別指導塾の講師をやってきました。
中学の全教科、高校は英数国を指導してきましたが、
最も得意としている教科は数学です。
文系で数学を苦手とする生徒に教えるのを得意としています。


考動力研究会は非常にユニークな組織です。
教育というものの新しい形を体現しているといえるでしょう。
私が思う他には無い特徴は大まかに言って4つあります。


1.家庭教師同士切磋琢磨できる環境があること。
2.ご家庭と派遣組織の関係が密であること。
3.家庭教師陣が精鋭ぞろいであること。
4.生徒同士、ご家庭同士のコミュニティを生成する画期的なプラン。




1. 家庭教師同士が切磋琢磨できる環境があること
 非常に大切なことです。
なぜ他の家庭教師派遣の会社ではやっていないのでしょうね?不思議です。
家庭教師は大学生です。
たった一人で生徒の全てを見ることができるかと言えば
そういうわけにはいきません。
表面上勉強を教えるだけだとできているかもしれませんが、
それでは総合的な力をはかる入試に対応できません。
家庭教師によってはそれができるセンスを持った先生もいらっしゃいますが、
普通の派遣センターではそんなことはお構いなしでご家庭に送り込みますから
良い先生が来るかどうかは
一律に料金を払っているにも関わらず
『運』ということになりますよね。恐ろしいことです。


 私達考動力研究会では、
現在の指導状況を確認したり、一人の家庭教師が悩んでいることを皆で話し合ったり、
このようにしたら生徒さんはよくわかってくれたという体験談を共有する
定例会を行っています。
一人の家庭教師だけでなく
多数の家庭教師が知恵を出し合って日々指導法を改善していきます。
その結果はデータとして保存され、日々指導法が蓄積されていきます。


2. ご家庭と派遣組織の関係が密であること
 学習アドバイザーという進度や記憶のテクニック、
成績管理の専門家を設けています。
多くの家庭教師センターがこの役割を家庭教師の先生に一任しているのが現状ですが、
それでは緊張感のある指導は持続しません。
間に入る人間がいることで、なあなあにならずに緊張感のある授業が持続します。


 また、学習アドバイザーは生徒さんのことだけではなく、
保護者の皆様のご相談も受けつけております。
『○○大学はどんな大学なのか?』
『一人暮らしをさせるのはどれぐらいのお金がかかるの?』
『今、こんな成績なんだけど大丈夫?』
『どうしても勉強しろ勉強しろってうるさく言ってしまうんだけど…』
様々なご相談を受け、保護者の皆様にアドバイスをさせていただいております。


3. 家庭教師陣が精鋭ぞろいであること
 当たり前じゃない!?そう思われますよね。
そう、確かに当たり前なのです。
しかし、それができていない現状があります。
履歴書と適当な面談で研修もままならないまま派遣、そんな業者が横行しています。
規模が大きくなると仕方の無いことなのかもしれません。
中にはそれを解決している企業もあるでしょうが
私が見てきた限りの現状では
それをきっちりやっているところは見受けられませんでした。


 考動力研究会では、二回の面接に加え、
入会試験もやる気や指導力などを問うものを用いています。
その場限りで良い格好をして書いたのでは合格できません。
残念ながらここまでのしっかりした体制を取らなければ
適当にアルバイト感覚でご家庭に行く教師が現れるのです。
なかなかご家庭では判断のつかない部分だからこそ、力を入れています。


4.生徒同士、ご家庭同士のコミュニティを生成する画期的なプラン。
 これは非常に冒険的な試みです。
家庭教師の生徒、ご家庭同士のコミュニティを生成する計画をたてています。
家庭教師の弱点の一つとして上げられるのが、
ライバルの存在が希薄であるところです。
模試の結果も結局は数字ですから、
自分の成績が良かったか悪かったか、そういう次元で終わってしまいます。
実際顔が見え、勉強の様子なども話せる
勉強友達のコミュニティを作ろうと思っています。


 今、人間関係が希薄化していると言われており、
実際家庭教師でご家庭にお邪魔した時に
友だちができずに悩んでいる生徒さんを見受けます。
私はそういった指導も含めて家庭教師が協力できると考えております。


 また、生徒さん向け、保護者の方々向けの講演会や、
北大生が大学構内を案内しながら進学の動機付けをしていくツアーなど
各種イベントを考えております。




新しい形の家庭教師派遣グループ、考動力研究会をよろしくお願いいたします。

「大人は忙しい」なんてダメダメ

いきなり主題から入りますが、
「大人はいろいろ忙しいのよ」なんて
子どもに向かって言うのは
今すぐやめましょう!!


大人は、確かにいろいろ忙しいです。
それは大人になればわかります。
「子どもは勉強だけしてればいいんだから楽なもんだな~」
なんて思うこともあるでしょう。


しかしそれは、忘れているだけです


あなただって子どもの頃にも
人間関係や受験勉強で悩み苦しんだはず。


大人になってから振り返ってみると、
大した問題ではなかったなと思えるかもしれませんが、
リアルタイムで直面している子どもにとっては
夜も眠れないくらい深刻な問題だってあるのです。




「大人はいろいろ忙しいのよ」というような言葉には、
「子どもは気楽でいいわ」というような、
どこか馬鹿にした気持ちが表れています。


子どもは、大人のこのような態度に非常に敏感です。


大人には大人の苦しさがあるし、
子どもには子どもの苦しさがある。
両者の間には程度の差なんてなくて、
どちらも当事者にとっては重要な問題なのだということを
理解していてください。




少し話が変わりますが、
テレビ東京系(北海道ではTVH)でやっている
豪腕!コーチング!!」という番組の中で、
現在、「芸能人こそ東大へ行け!プロジェクト」というのをやっています。


このコーナーはわりと好きなんですが、
この芸能人たちが結果として東大に入れても入れなくても、
大人になってから受験勉強を死ぬ気で頑張った経験というのは
必ず自己の成長につながることと思います。




理想を言えば、受験生の子を持つお父さんお母さんには、
みんな、受験勉強を子と一緒に頑張ってほしい。


もちろん、現実的には無理でしょう。
大人も大人で忙しいですから。
でも、受験勉強の苦しみを共有するには、
やはり受験勉強をしてみることが一番だと思うのです。




先ほどの「豪腕!コーチング!!」の話ですが、
面白いのは、番組ホームページの「東大ブログ」で、
参加者の一人である出雲阿国さんが、
精神と時の部屋に入りたい!」なんて書いてるわけです。


『ドラゴンボール』が好きな方ならわかると思いますが、
「精神と時の部屋」というのは、
外の世界の1日が部屋の中では1年だという不思議な部屋のことです。


私が受験生だった時にも、入試が近くなってくると
よく友達が「精神と時の部屋に入りたい!」と言っていたのを
思い出してしまいました。




大人でも子どもでも、
案外同じ状況に置かれれば同じようなことを考えるものなのかもしれません。


理解しようとすればできるかもしれないものを、
はじめから「今の子どもは・・・」などといって遠ざけてしまうのは
もったいないことだと思いませんか?





参考

カリコリと (豪腕!コーチング!! 東大ブログ)


誰も本気でない地球のこと

今ちょうど北海道大学の一部で改装工事のようなものをやっていて、
それに伴って不要品の整理を一気にやってしまっている感じだが、
校舎の裏に山積みにされた廃棄品を見ると
呆気にとられてしまう。


まだ使えそうなパソコンやストーブ、机、椅子、棚等々。
あの品々がリサイクルに出される予定は
・・・どう考えてもなさそうだ。
それならばせめて、一般の学生に公開して
欲しい物は持っていってもらうようにでもすればいいものを、
なぜかゴミの山の前には「危険、立入禁止」の貼り紙。
理解に苦しむ。


日頃から、教授たちの研究費の無駄遣いには目も当てられない。
一般企業でここまでコスト削減を意識しない企業があったら
即つぶれてしまう気がする。


こういうものは、各教授個人のモラルの問題として
まかされるべき問題ではなく、
システムとして機能させなければならない。


例えばエネルギーの無駄遣い。
実際研究室にいても、電気代やガス代、
全て学校が出してくれると思えば節約する気にもならない。


あちこちに「エネルギーを大切に!」といった貼り紙をしたところで
たいした効果が出ないことくらい分からないだろうか。
例えば、各研究室のエネルギーの使用量をグラフにして
毎月掲示板に貼り出し、
優秀な研究室を表彰するくらいの取り組みは必要だろう。


ではなぜ学校はそれをやらないのか。
やらなくても誰も怒らないからだ。
学内も、学外も。


題に「誰も本気でない」と書いたのはそういう意味である。


社会貢献をビジネスですることの意味

テレビやニュースなどを見ている限り、
未だに「金儲け」を「悪」と見る向きというのは
世間に多く存在するように思う。


例えばホリエモンや村上氏が違法行為を行っていたとなると、
待ってましたとばかりにメディアが大騒ぎするし、
大学の教授の中にも、
「あんなお金のことしか考えられない不幸な人間になるな。」
ということを授業でのたまう者さえいるから驚きである。


以前、個人的にとてもびっくりしたのは、
就職活動中のことだが、
ある大手企業が説明会の場で
「うちの社員にお金のために働いている者なんて一人もいない」
ということを強調していたことである。


正直、「はぁ?」と思ってしまった。


なんというか、本当に一人もいないかどうかといった真偽の問題ではなくて、
別にそんなことはどうでもいいじゃん、と思うのだが・・・。
お金のためだろうが、お国のためだろうが、
働いた結果として、
顧客が喜んで、懐が暖かくなって、税金で国が潤えばそれでいいじゃないか。




どうも日本には、極端に金儲けを毛嫌いするきらいがまだあるように思える。


ジェイブレインの蔵元氏が言っていたことであるが、
社会貢献をしようとするとき、
ボランティアや税金によってではなく、
ビジネスという枠組でやることの意味は、
拡大再生産しやすいということである。


私もこの考えに大いに賛成である。


事業によって得た利潤を、次の事業への拡大のために再投資する。
この原理によって、ビジネスというスキームは
ボランティアでは成し得ないスピードでの拡大・発展を
可能にする力を秘めている。




同じことを、あのマックス・ウェーバーが、
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で述べている。


ウェーバーは、近代資本主義が急速に発展したのは、
それまで卑しいものとみなされていた労働(=金儲け)が
カルヴァンの「職業召命説」によって尊いものだと考えられるようになり、
「予定説」によって、労働にしか逃げ道を見出せなくなった民が
禁欲的に労働に励んだためであると論じている。


要するに、みんなが一生懸命働き、
利潤をひたすら事業への再投資に使ったために、
驚くべき速さで資本主義が発展していったということである。
(もっとも、真実かどうかは極めて疑わしいが・・・。)




少し話しがそれたが、
最終的に何が言いたいかというと、
学校で勉強することはちゃんと今の世の中にも役立つよ♪
ということである。






 参考


経営とは? (ジェイブレイン日記~日本を元気にしたい!)
Max Weber. The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism.

講師も募集中!!

現在考動力研究会では、
家庭教師として私達と一緒に働きたいという方を
若干名募集しています。


但し、当会は他の派遣会社とはちょっと違いますので
そのことをふまえてご応募ください。




我々が他と一番異なっている部分というのは、
講師間にネットワークを作っているところです。


生徒への指導はもちろん1対1ですが、
他の教師もあなたの生徒のことを考えますし、
あなたも、他の生徒のことも気にかけることになります。


「みんなで協力し合って指導できるから、
 あなた一人で悩む必要はありません!」

と考えることもできますが、
言い方を変えれば、
「あなたがどれだけ頑張っているかは
 他の教師も把握できるので、さぼることはできないよ。」
ということでもあります。


「適当に子どもの相手をしてお金をもらいたい。」
という人には、はっきりいってむいてません


「いろんな指導方法を試しながら、
 少しでも生徒にとってわかりやすい授業にしたい。」
「いろんな人のアイデアを参考にしながら、
 自分にしかできない授業をしてみたい。」
というような人は、楽しんで仕事することができます


「興味はあるが、まだよくわからない。」
というような人は歓迎しますので、
まずは話だけでも聞きにきてください。




そうそう、それと大事なことですが、
現在は活動を札幌地区に限定していますので、
札幌周辺に在住の方のみとさせていただきます。


札幌に住んでいるわけではなくても、
当会に興味があるという方、
教育や、良い授業というものについて一緒に考えたいという方なども
ぜひ一度ご連絡ください。
なんらかの形で一緒に活動できる機会がもてればと考えております。




連絡はこちら
あるいは左の「お問い合わせ」フォームをご利用ください。


そういやザ・クロマニヨンズについて

以前の記事の中で取り上げた、
ザ・クロマニヨンズについてですが、
どうやら噂は本当だったね。


つまり、前々からの噂通り、
ハイロウズの甲本ヒロトと真島昌利が絡んでたわけだ。


しっかりオフィシャルサイトまで出来ている。




ああライジングサンが楽しみだ。




参考


元ザ・ハイロウズの甲本ヒロトと真島昌利の新バンド、ザ・クロマニヨンズがデビュー・シングル“タリホー”をリリース (bounce.com)

大学に行ってみるべし

昨日、今日と、北大ではオープンユニバーシティをやっていた。


キャンパス内には高校生の姿が多く見られ、
構内の雰囲気も若干若返っているようだった。


高校三年生はもちろんのこと、
二年生や一年生も多く参加していたようで、
早いうちから進路のことをちゃんと気にしているのだなと
感心してしまった。




今回は高校生向けの話をしよう。


このような体験入学やオープンキャンパスは
大学の様子を知ることができる良い機会である。
ぜひとも利用してほしい。


しかし、普段の大学の日常を知りたいと思ったら、
このような体験入学やオープンキャンパス以外の日にも
行ってみることを強くおすすめする。


オープンキャンパスとは、いわば大学が
部屋を片付けて外来客を招き入れる日である。
当然部屋は普段よりきれいに片付けられ、
おいしいお菓子でおもてなしされる。


しかし大学に入学した後も、
毎日そのおもてなしを受けられるわけではないことを知っておくべきだ。
普段の姿もぜひ見ておこう。




ふらふらっと大学内に侵入したら、
そのへんの学生をとっつかまえるのが手っ取り早い。


大学内を案内してもらったり、
学生生活について話を聞いたりしてみると良いだろう。


大抵の学生は快く協力してくれると思うが、
もしかしたら感じの悪い学生に当たってしまったりすることもあるだろう。
その場合も、めげずに別の学生にアタックしてみてほしい。
もしも5人くらいに話しかけて、
みんな感じの悪い学生だったとしたら、
おそらくその大学は、そんな人ばかり入学するような大学なのだろう。
進路選択の参考にしてほしい。




受験前に大学の空気に触れておくことは極めて重要である。
大学のイメージとのギャップを知ることも大事だし、
なにより「ここの大学に来たいな」と思えれば、
受験勉強のモチベーションにつながるというものだ。

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