考える力、動く力

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誰も本気でない地球のこと

今ちょうど北海道大学の一部で改装工事のようなものをやっていて、
それに伴って不要品の整理を一気にやってしまっている感じだが、
校舎の裏に山積みにされた廃棄品を見ると
呆気にとられてしまう。


まだ使えそうなパソコンやストーブ、机、椅子、棚等々。
あの品々がリサイクルに出される予定は
・・・どう考えてもなさそうだ。
それならばせめて、一般の学生に公開して
欲しい物は持っていってもらうようにでもすればいいものを、
なぜかゴミの山の前には「危険、立入禁止」の貼り紙。
理解に苦しむ。


日頃から、教授たちの研究費の無駄遣いには目も当てられない。
一般企業でここまでコスト削減を意識しない企業があったら
即つぶれてしまう気がする。


こういうものは、各教授個人のモラルの問題として
まかされるべき問題ではなく、
システムとして機能させなければならない。


例えばエネルギーの無駄遣い。
実際研究室にいても、電気代やガス代、
全て学校が出してくれると思えば節約する気にもならない。


あちこちに「エネルギーを大切に!」といった貼り紙をしたところで
たいした効果が出ないことくらい分からないだろうか。
例えば、各研究室のエネルギーの使用量をグラフにして
毎月掲示板に貼り出し、
優秀な研究室を表彰するくらいの取り組みは必要だろう。


ではなぜ学校はそれをやらないのか。
やらなくても誰も怒らないからだ。
学内も、学外も。


題に「誰も本気でない」と書いたのはそういう意味である。


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社会貢献をビジネスですることの意味

テレビやニュースなどを見ている限り、
未だに「金儲け」を「悪」と見る向きというのは
世間に多く存在するように思う。


例えばホリエモンや村上氏が違法行為を行っていたとなると、
待ってましたとばかりにメディアが大騒ぎするし、
大学の教授の中にも、
「あんなお金のことしか考えられない不幸な人間になるな。」
ということを授業でのたまう者さえいるから驚きである。


以前、個人的にとてもびっくりしたのは、
就職活動中のことだが、
ある大手企業が説明会の場で
「うちの社員にお金のために働いている者なんて一人もいない」
ということを強調していたことである。


正直、「はぁ?」と思ってしまった。


なんというか、本当に一人もいないかどうかといった真偽の問題ではなくて、
別にそんなことはどうでもいいじゃん、と思うのだが・・・。
お金のためだろうが、お国のためだろうが、
働いた結果として、
顧客が喜んで、懐が暖かくなって、税金で国が潤えばそれでいいじゃないか。




どうも日本には、極端に金儲けを毛嫌いするきらいがまだあるように思える。


ジェイブレインの蔵元氏が言っていたことであるが、
社会貢献をしようとするとき、
ボランティアや税金によってではなく、
ビジネスという枠組でやることの意味は、
拡大再生産しやすいということである。


私もこの考えに大いに賛成である。


事業によって得た利潤を、次の事業への拡大のために再投資する。
この原理によって、ビジネスというスキームは
ボランティアでは成し得ないスピードでの拡大・発展を
可能にする力を秘めている。




同じことを、あのマックス・ウェーバーが、
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で述べている。


ウェーバーは、近代資本主義が急速に発展したのは、
それまで卑しいものとみなされていた労働(=金儲け)が
カルヴァンの「職業召命説」によって尊いものだと考えられるようになり、
「予定説」によって、労働にしか逃げ道を見出せなくなった民が
禁欲的に労働に励んだためであると論じている。


要するに、みんなが一生懸命働き、
利潤をひたすら事業への再投資に使ったために、
驚くべき速さで資本主義が発展していったということである。
(もっとも、真実かどうかは極めて疑わしいが・・・。)




少し話しがそれたが、
最終的に何が言いたいかというと、
学校で勉強することはちゃんと今の世の中にも役立つよ♪
ということである。






 参考


経営とは? (ジェイブレイン日記~日本を元気にしたい!)
Max Weber. The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism.

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