考える力、動く力

天才を育てない教育

よく日本の教育は、天才を生み出さない教育だといわれる。

例えば飛び級制度がないように、
下を引っ張って上を伸ばさない制度だということだ。


だが、ちょっと待ってほしい。

じゃあ日本に天才はいないということなのか?
そんなはずはない。

あるいは他の国と比べて天才は少ないのか?
そんなこともないと思う。

普段の生活の中でも、たくさん天才を目にする機会があるはずだ。


例えば漫画。

日本の漫画のレベルはもう神の領域だ。
どこぞの国のスポンジボブとは比べ物にならない。


そしてお笑い。

ここ最近はお笑いブームとかいってメディアに食い物にされ放題だから
文句の付け所もあるといえばあるが、
それにしたって流石は豊かな言語の国、日本。
ここまでレベルの高い笑いが確立されている国は
なかなかないと思っている。

「日本人ももっと欧米みたいに会話にジョークを盛り込まないと〜。」
なんて言う日本人もたまにいるが、
会話にジョークを盛り込むことそれ自体はいいとして、
欧米人のジョークで笑えるかというと、微妙なところだ。


そしてスポーツも熱い。
野球のイチロー、サッカーのヒデ、フィギュアやマラソン等々、
あえて説明するまでもないだろう。


人口1億ちょっとの国にしてはなかなかの健闘ではないだろうか。



日本の教育制度に問題がないとは思わないし、
そもそも国の教育制度がそこまで大きな影響力をもつとも考えていない。

問題なのは、教育制度の問題点について論じようとするときに、
不必要に自国の価値を低めて論じるような傾向が一部にあるということだ。


そろそろ、なんでもかんでも米国への憧れや負い目を持つような
時代でもないと思う。

確かに未だに、米国で流行った文化が
少し遅れて日本でも流行るような傾向が存在している領域もある。

しかし、日本発のもので世界に認められるものも
多くあるにもかかわらず、
それを我々日本人自身が十分に認識できていないのは悲しいことだ。

この点に関しては、特に国の意識の低さが目立つ。

例えば、外国で日本のアニメが大ブームになっているときに
日本政府がそれに全く気付いていなかったりする。

フランス人が日本のゴスロリのファッションに憧れているときに
日本政府は「まったく最近の若者の格好ときたら」と
鼻で笑っていたりする。


他国のいいものを取り入れたり、見習ったりするのは当然のこととして、
もっと日本の素敵な側面にも目を向けてほしい。

国際人になるためには、まず自分の国のことを知らなくては。