考える力、動く力

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人間と意識しない瞬間

人間を人間と意識しない瞬間。


誰もが誰かを人間と意識しなかった瞬間を経験しているし、
誰もが誰かから人間と意識されなかった瞬間を経験している。

例えばそれは、道端でポケットティッシュを受け取る瞬間。
コンビニのレジで商品のお金を払う瞬間。
学校の授業で、前の席からまわってきたプリントを受け取る瞬間。
家に来た郵便物を受け取る瞬間。

いつも、相手がどんな人であるか、
その人に興味をもち、顔を見て接しているだろうか。


これは一種、効率化の問題である。

事実、今日の近代社会は、
機械にできることを機械にまかせることによって発展してきた。
それが自動販売機であり、電子メールである。

でも、そういった機械が普及している世界だからこそ、
人間と接するときには、相手が人間なのだということを
常に意識するようにしたい。


最近、つまらないことに対して腹を立てる人が多いように感じている。

「レストランで出された料理に髪の毛が入っていた」
「レジの人がとろくてしばらく待たされた」
「映画館で後ろの人がずっと咳しててうるさかった」
「上の階の住人の足音がうるさい」
「今日届くはずの郵便物が届かない」

こういった憎しみのほとんどは、相手の顔が見えないことによって
生じていると思う。

腹を立てるまえに、
「もし相手が親しい友人だったら?」と考えてみてほしい。

「まったく何やってんだ!」じゃなくて、
「頑張ってるなぁ」「大変だなぁ」と思えることがきっと多いはずだ。


相手を「適切な役割を果たす機械」のように考えるから腹が立つ。
でも、実際はそうではない。
相手も人間なのだ。

効率化の勢いにまかせて「相手の身になって考える時間」まで
削減してしまわないようにしたいものだ。


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