考える力、動く力

成長の手助けとしての家庭教師

家庭教師という仕事は、
一言で言えば、「成長の手助けをする仕事」だと思う。


勉強を教えて、
教えた通りに生徒がやって、
テストの点数が上がって、学校の成績が上がって...
という部分がもっとも目に見える部分なので、
教師としても、またご家庭としても、
そこばかりに焦点が当てられがちである。

そして確かにそれは決して疎かにしてはいけない基本なのだが、
教えた通りにやらせているだけでは教師としてはまだまだ三流。



教えを守らせて「可」

教えを破らせて「良」

生徒からも教わるようになって「優」

必要とされなくなって「秀」


それが当会の評価基準。

おーい北海道

先日、北海道、札幌で家庭教師をする意味という記事を
書いたばかりだが、
3日の毎日新聞の記事で、05年度の自治体決算が出ていて、
見出しは「自治体収支:ワースト1は北海道 赤字28団体に」
やっぱりか!という感じだ。


北海道を元気にしたいと常々思っている。

私は北海道が大好きだ。
自然は多くて、人は温かくて、本当に良い土地だ。

確かに現在、札幌市を除くほとんどの地域は
深刻な問題を抱えているが、
地球温暖化が進むと、人口の多くが北海道に流れてくるという見方も
一部にある。


「試される大地」から、いつか「頼られる大地」へ。

そのとき、もう自分はそこに立っていないかもしれないが、
そこに骨のひとつでも残してやりたい。





 参考

自治体収支:ワースト1は北海道 赤字28団体に (毎日新聞社)
北海道、札幌で家庭教師をする意味 (考える力、動く力)

天才を育てない教育

よく日本の教育は、天才を生み出さない教育だといわれる。

例えば飛び級制度がないように、
下を引っ張って上を伸ばさない制度だということだ。


だが、ちょっと待ってほしい。

じゃあ日本に天才はいないということなのか?
そんなはずはない。

あるいは他の国と比べて天才は少ないのか?
そんなこともないと思う。

普段の生活の中でも、たくさん天才を目にする機会があるはずだ。


例えば漫画。

日本の漫画のレベルはもう神の領域だ。
どこぞの国のスポンジボブとは比べ物にならない。


そしてお笑い。

ここ最近はお笑いブームとかいってメディアに食い物にされ放題だから
文句の付け所もあるといえばあるが、
それにしたって流石は豊かな言語の国、日本。
ここまでレベルの高い笑いが確立されている国は
なかなかないと思っている。

「日本人ももっと欧米みたいに会話にジョークを盛り込まないと〜。」
なんて言う日本人もたまにいるが、
会話にジョークを盛り込むことそれ自体はいいとして、
欧米人のジョークで笑えるかというと、微妙なところだ。


そしてスポーツも熱い。
野球のイチロー、サッカーのヒデ、フィギュアやマラソン等々、
あえて説明するまでもないだろう。


人口1億ちょっとの国にしてはなかなかの健闘ではないだろうか。



日本の教育制度に問題がないとは思わないし、
そもそも国の教育制度がそこまで大きな影響力をもつとも考えていない。

問題なのは、教育制度の問題点について論じようとするときに、
不必要に自国の価値を低めて論じるような傾向が一部にあるということだ。


そろそろ、なんでもかんでも米国への憧れや負い目を持つような
時代でもないと思う。

確かに未だに、米国で流行った文化が
少し遅れて日本でも流行るような傾向が存在している領域もある。

しかし、日本発のもので世界に認められるものも
多くあるにもかかわらず、
それを我々日本人自身が十分に認識できていないのは悲しいことだ。

この点に関しては、特に国の意識の低さが目立つ。

例えば、外国で日本のアニメが大ブームになっているときに
日本政府がそれに全く気付いていなかったりする。

フランス人が日本のゴスロリのファッションに憧れているときに
日本政府は「まったく最近の若者の格好ときたら」と
鼻で笑っていたりする。


他国のいいものを取り入れたり、見習ったりするのは当然のこととして、
もっと日本の素敵な側面にも目を向けてほしい。

国際人になるためには、まず自分の国のことを知らなくては。

FREE HUGS

急速に広まりつつあるフリー・ハグ。







Official Homeによれば、
この動画の男は、ただ自分を迎え入れてくれる誰かがほしくて
ボードに「FREE HUGS」(「ご自由にハグを。」)と書いて
人ごみに立ったという。

はじめ15分間は、人は横目に通り過ぎるだけだった。
その後、初めて人が立ち止まり、男の肩に触れ、
その日の朝に飼っていた犬が死んだこと、
そしてその日はちょうど事故で亡くなった娘の一回忌だったことを語った。
孤独な彼女にとって今必要だったのが、ハグだったのだ。

その後どうなっていったかは、上の通りである。


YouTubeでこの動画が爆発的に広がって、
世界中で「FREE HUGS」のボードもって活動する人が
出てきているようだ。

日本でも


こうやって、いいものがものすごい速さで伝わっていって
世界中で共有できるのは、
ネット社会のいい側面であるなぁと思う。

しかし、そもそもこの活動自体が、
Official Homeに
「In this age of social disconnectivity and lack of human contact...」
などと書いてあるように、
「リアルなふれあいが欠けた時代に」という意味合いがあるようだから、
それ自体アイロニー的であるが。


なんにせよ、心が温まった。
うん、よかった。




 参考

Official Home of the Free Hugs Campaign - Inspired by Juan Mann

北海道、札幌で家庭教師をする意味

『プレジデントFamily』の12月号に、
「東大・京大に入りやすい都道府県ランキング」
という記事が載っていた。
各都道府県の高校の卒業生を分母とし、
東大・京大の合格者数を分子として比較したものである。

これによると、東大または京大に入りやすい都道府県の
1位は奈良。2位が京都、3位が兵庫で、
以下、東京、大阪と続く。
北海道はというと、47都道府県中42位であった。

それは地理的な問題だという可能性はすぐに思いつく。
それならば、北海道は距離的に遠いからという言い訳もできる。

このことを考慮して、国公立大学の医学部に入る割合について
比較したランキングも掲載されていた。
それでも1位はやはり奈良。
北海道は、少しは上がるが、27位であった。

この結果だけ見れば、
「北海道は教育熱が低い」という話だけで済みそうなものだが、
恐ろしいのは、もうひとつのランキングだ。

2003年度、「高校生一人当たりにかかる教育費」ランキング。
高校生一人当たりにかかった教育費の平均を比較したものだ。

1位は東京で、1,566,320円。
そして北海道、なんと7位で、1,315,004円である。
奈良は驚くほど低く、39位で1,021,483円だった。

つまり北海道は、多額の教育費を費やしているにもかかわらず、
全国的にみて学力が芳しくないと考えられる。


こうなると、教育を提供する側の質の低さという可能性に行き着く。
同じ費用をかけても、
本州と北海道とでは、得られる教育の質が違うということだ。

これは教育に従事する者たちの問題であると同時に、
受ける教育を選択する消費者の目が肥えていないという問題でもある。


ここ札幌で我々が家庭教師を行う意味はここにある。

まずは札幌市の消費者に賢くなっていただくこと、
そして、賢い消費者に選んでいただけるような質の高い指導を追究すること、
それが我々の義務であり、使命であると考えている。




 参考

プレジデントファミリー12月号より(手のひらを太陽に)
東大・京大に・・・ (教育パパ日記 「積小為大」)
奈良県が1位獲得!!(Dr.まさっちの研究室)
頭のいい子の勉強部屋  わが子が輝く学校選び 「東大・京大」に入りやすいプレジデントファミリー(PRESIDENT Family) :<2006/10/18>都道府県ランキング (雑誌『プレジデントファミリー(PRESIDENT Family)』専門)
復活!! (前髪は目にかかってないと落ち着かない。俺、野球部。)
東大・京大に入りやすい都道府県ランキング(奈良ならでは)
勝ち組(しずない通信 静内いんでな〜い)
医学部合格率の罠 (高井田の日常。)





札幌だけの家庭教師「考動力研究会」


「恐怖」というビジネス基盤

小学四年のとき、ある本で読んだ
「読んだら最低3人に話さなければ呪われる話」
みたいなのを、冗談で友達に話してみたところ
またたく間にクラス中に広まり、学級問題となって、
「発生源はおまえか」と、先生にこっぴどく叱られたことがあった。


この経験から、ちいさいながらに
「いたずらに人の恐怖心を刺激してはいけないのだ」
ということを学習したのだった。




「恐怖」というのは、人の行動を左右する大きな要因のひとつである。


人の恐怖心につけ込んだビジネスというのは非常に多い。


「添加物は怖いですよ〜。だからこの無添加食品を!」
「水道水は怖いですよ〜。だからこの浄水器を!」
「事故は怖いですよ〜。だからこの保険を!」という感じで
いくらでも文章が作れそうだ。


教育業界もまた然り。


「ゆとり教育は怖いですよ〜。だから塾を!」
「だから家庭教師を!」「だから通信教育を!」
といった具合である。


この原理があるから、必要もない高額の教材を売りつけるような会社が
いつまでもなくならないわけだ。




いつでも何か恐怖心が刺激されたときには、
そこに何者かの意図がはたらいていないか注意するべきだ。


「恐怖心につけ込んだビジネスは怖いですよ〜。だから対策を!」
とささやかれる前に、自身で目を光らせておく必要がある。